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2015年8月アーカイブ

第70回終戦記念日を迎えて (2015/08/15)

 8月15日(土)、70回目となる終戦記念日を迎えることになり、政府主催の『全国戦没者追悼式』が東京都千代田区の日本武道館で開かれ、天皇、皇后両陛下や安倍晋三首相、遺族ら約7000人が参列されました。
 式典の冒頭安倍首相は式辞の中で、「戦争の惨禍を決して繰り返さない」と不戦の気持ちを誓いました。

次いで、正午の1分間の黙とうの後、天皇陛下は、「日本が"国民のたゆみない努力と、平和の存続を切望する国民の意識"に支えられ平和と繁栄を築いた」と述べられ、初めて「さきの大戦に対する深い反省」と「戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対する心からなる追悼の意を表せられ、世界の平和とわが国の一層の発展を祈ります」と述べられました。続いて、遺族代表らが追悼の辞を述べ、献花には青少年代表として9歳から17歳の遺族6人が初めて参加しました。

厚生労働省によると、〝日中戦争と第二次大戦の戦没者は、軍人・軍属約230万人、民間約80万人の約310万人です。しかし、遺族の高齢化に伴い参列者の世代交代が進んできており、戦没者の父母はゼロ、妻はわずか14人、戦後生まれは1109人(20.1%)と初めて2割を超えました。

この状況を見ても、これから戦争を全く体験したことのない人が年々増加し、日本人の大半を占めるようになってきます。これは取りも直さず戦争の悲惨さを知る人が年々少なくなってくることを意味しますが、戦争が人々を幸せにすることは絶対にありません。

この戦争では日本を含めたアジアの国々を中心に約1680万人の死者が発生しました。これらの中には、戦争による劣悪な生活環境の下での餓死者や病死者も多数含まれています。また、東京や大阪といった大都市を中心に無差別爆撃が行なわれ、広島や長崎に大量殺戮兵器である原子爆弾が投下されましたが、年月が過ぎ被災した人の平均年齢は70歳をはるかに超え、この出来事も風化されようとしています。

 今、世界ではいたるところで紛争が発生し、核を保有する国も増え、テロのニュースも後を絶ちません。仮に核戦争になれば人類が滅亡するばかりでなく、地球そのものが消滅してしまう恐れもあります。終戦記念日にあたって、唯一の原子爆弾被爆国である日本が世界の平和を願い、核廃絶を強く訴えてきたいものです。

  

            (細川 三郎)

広島への原爆投下日にあたって (2015/08/06)

 8月6日(木)は広島に原子爆弾が投下されて70年という節目にあたります。

当時、私達の家族は広島の被爆地からわずか20キロのところに居を構えていたため、ピカッと光る閃光もドンという大音響も経験しました。この原爆によって一瞬にして20万人が尊い命を失ってしまいました。そして、私達の家族にとっては戦死した父と兄に続いて最愛の姉を亡くすことになったのです。この惨状は今でも脳裡に焼き付いています。

その後母親が残された子ども達を女手一つで育ててくれましたが、戦争はすべてのものを変えてしまうというのが実感です。

 年月が過ぎ、被災した人の平均年齢は80歳を超え、今や戦争を全く体験したことのない人が日本人の大半を占めるようになってきました。マスコミの調査によると8月6日というのが原爆が投下されたことを知る人の割合が年々低下し、この出来事が風化されようとしています。まして、豊かな時代に育った若者達はこれが当たり前のような感覚で毎日を過ごしているのではないかと思います。

戦後70年を経過し、確かに日本は物質的には豊かになり便利になり、一時は世界から「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれるまでの経済大国になりました。しかし、こういった発展の中で、失ってきたものもたくさんあるように感じています。

かつて日本は美しい国、日本人は礼儀正しい民族であり、日本文化の特徴は〝恥の文化〟であると言われていました。しかし、美しかった故郷の棚田や森は姿を消し、河川や海は汚れ、世界中から食糧を集め、使い捨て商品や廃棄食材によるごみは溢れ、冷暖房・光・輸送にかかるエネルギーを無駄遣いする等の憂慮すべき状況になっています。

また、日本人の美徳であった羞恥心や奥ゆかしさ、思いやりといったものも消失してきています。更に、この20年間国際的に見ても日本の地位は大きく低下しつつあります。複雑化し混迷の度を増す国際社会にあって、世界初の原爆被害国として核の廃絶を強力に訴えると共に、将来の日本のあるべき姿を明確にし、早急に対策を講じていく必要性を感じています。

              (細川 三郎) 

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