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2015年11月アーカイブ

「争わない生き方」が道を拓く(臼田一男) (2015/11/28)

西中 務先生の出版記念祝賀会が開催されました。
11月24日新阪急ホテルにて400人の出席、先生のお人柄から幅広いご縁の人々の熱気にあふれる会と成りました。
弁護士の仕事は、争いや揉め事があって成り立つ職種です。
そうしたなかにあって、西中先生は『争わない生き方』をすすめられ、その生き方を出版され、広く世の中に伝えたいと願っておられます。
先生の目指される社会が実現すれば、弁護士の仕事が無くなるかも知れない、いや無くなった方がいいのだと、固い覚悟をしめされたご本の出版であります。
ぜひ一読されてはいかがでしょうか。
西中先生は半学半教実践塾の会員でもあり、半学半教実践塾も会場を無償で使用させていただきお世話になっております。 
                                 (臼田 一男) 
                                                   

志の道 美しい日本の歩きたくなる道500選 四国中央市新宮町 (2015/11/20)

 坂本竜馬が脱藩するとき通ったとされる、四国中央市新宮町に美しい自然・豊かな人情・そして勇気を与える言葉12碑がある。
此の碑は愛媛県新居浜市出身の小野晋也先生が建立されたものである。(プロフィールは後記)志の道。これは、響きあう心を求めて歩く道である。美しい自然の中で、天地と響きあう自分の全き心を見出してほしい。豊かな人情の中で、人と共に響きあう、自分の生き様を見出して欲しい。そしてこの道路沿いに建てられた12基の石碑の言葉の中に、力強く生き抜いた先人達の生命と響きあう自分の生命を見出して欲しい。
現代社会はあまりに騒々しく、皮相的である。その中で、自己を見失い、浮き草の如き生き方に陥ってる人も多い。
この志の道を歩くときには、そんな日常生活を離れ、生き生きとした心の目で森羅万象を観ながら、その全てを、調和心をもって自分の心の中に受け入れる気持ちになって頂きたいと思う
そして、この機会に、長い間忘れていた、本来の自分自身を取り戻して頂きたいと願っている
「志の道」は次の12人の人生を貫いた言葉が石碑として建てられています。

1、松下 幸之助  2、吉田 松陰  3、勝 海舟  4、坂村 真民  5、徳増 須磨夫6、土光 敏夫   7、陳 渉    8、佐藤 一斎 9、伊庭 貞剛  10、西郷 隆盛
11、安岡 正篤  12、土光 登美
次回より各碑の言葉他写真を掲載させていただきます。
小野晋也(おの・しんや)プロフィール
1955年愛媛県新居浜市生まれ。東京大学工学系大学院航空学専修修士課程を修了後、松下政経塾の第1期生として入塾。1983年、38歳で衆議院議員初当選。以後、衆議院議員を5期務める。
1984年より、人間教育と新しい文明創出を目的とする「OAK・TREE運動」を主宰。その延長線上の活動として、現在、人間の生き方・考え方、そして、幸福とは何かを考える「永田町人間学講座」を主宰し、超党派の国会議員・政治関係者と共に、政治の原点である「人間学」の普及啓蒙活動を展開している。
志の道の動画をユーチューブでも見れます。
                  (土岐 功明)

福沢諭吉ゆかりの史跡を訪ねて(中尾直史) (2015/11/16)

s-P1090063.jpg  s-P1090079.jpg 11月15日(日)、福沢諭吉先生ゆかりの生誕の地と適塾を訪れました。福沢諭吉が教育と著作活動を通じて明治における日本人の意識の近代化に尽したということは衆目の認めるところですが、慶応義塾の創始者ということもあって、一般的には東京の人という印象が強いようです。しかし、大阪とは非常に深い関係があるのです。

 実は、福沢諭吉が生まれたのは1835年(天保5年)豊前中津藩の大坂蔵屋敷で旧阪大病院のあったところです。そして、現在、生誕の記念碑は堂島川沿いの玉江橋北詰、朝日放送本社ビル脇に設置されています。

 続いて、1838年に緒方洪庵が開いた蘭学塾「適塾」を見学しました。この塾は現在重要文化財に指定されています。緒方洪庵は優れた蘭学者、医学者でしたが、これに加えて特質すべきは卓越した教育者であったということです。現存する姓名録からは全国の諸藩から千人を超える塾生が集まっていたようです。この適塾で洪庵の薫陶を受けた塾生の中には、明治維新に繋がる運動を起こした橋本佐内や大村益次郎、初代衛生局長となった長與專斎ら日本の近代化に尽した人達が数多くいます。ここで、福沢諭吉は切磋琢磨しながら猛勉強を続け文明開化啓蒙思想家としての礎を築いたのです。

 この日は関西文化の日で参観料は無料ということもあり、多くの見学者が訪れていました。これからも福沢諭吉について、さまざまな視点から学んでいきたいと思っています。    (中尾直史)

史跡重文 適塾と史跡公園(大阪大学管理) (2015/11/16)

商都大阪北浜のオフィス街に、江戸時代の町屋の姿を現在に留めているばかりでなく、わが国蘭学塾の唯一の遺構である。大阪大学では、この貴重な文化遺産を保護すべく、適塾の東西のビルを撤去し、史跡公園化を推進してきたが、幸い大阪市、財界などのご協力を得て昭和61年にこの事業は完成した。この地区が、幾多の有為な人材を輩出した歴史的な地として教育・文化活動の拠点となることを願うものである。(適塾の案内パンフより)半学半教実践塾に学ぶ者として見学しました。

                                     (土岐 功明)

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