トップ>月別 偉大な日本人

2016年1月アーカイブ

志の道 第二碑  吉田 松陰 (2016/01/11)

 志が一度確立すれば、人に求めたり、世の中に願ったりすることもなく、断固として、一人でも楽しみながら実行する。  この頃、社会の中に夢や希望が無いと語る人はが多くなってきた。そんな人に出会うと、私は、"夢や希望というものは、 あなたの外のにあるものではなくて、本来、あなた自身の心の中に持つべきものなのではないですか"と問いかけることにしている。 今の社会は、問題が起こると、何でも社会が悪い、政治が悪いと言って事を済ませる悪弊が広がってきている気がしてならない。 それが、日本社会を、他人任せで、けじめのつかない、何とも、頼りない社会にしてしまっているのではないか。  それだけに、絶体絶命と見える困難を前にしても、それに怯まず、自分を拠点にして戦い抜いた人のことを思うことが多くなってきた。 特に、明治維新期の志士と言われる人たちに、興味を惹かれることが多くなった。  近頃、全国各地を歩いて、吉田松陰の話をすることが多くなった。江戸末期の混乱期に、様々な苦難にも関わらず、自らの志を貫き通し、 明治維新の礎となった、鮮やかな松陰の生き様が、現代のように曖昧で、不安ばかりが募る世の中で、心迷う人にとって大きな道標となるので あろうか。各地の話の後、"自らの人生を考える上が良い示唆となった"といった、前向きの声が寄せられることが多いのには、正直なところ驚いている。  吉田松陰は、教育者である。わずか10坪余りのの小さな民家で開いていた「松下村塾」で、高杉晋作や久松玄瑞、桂小五郎、伊藤博文等の維新の志士たちをキラ星の如く育て上げた。その塾には、お金があったわけではない。施設が整っていたわけではない。集まってきた熟生たちは下級武士や農民の子弟であり、決して学ぶ環境条件が整っている人たちではなかった。しかも、教鞭をとったのが、当時20歳台であった松陰たった1人であり まさに無い無いが尽くしの中での教育であった。しかし、教育環境がよく整えられていた萩の藩校・明倫館からは、時代を動かす人は現れず、逆に、この貧弱な塾から人物が輩出した点に、私は強く惹かれるのである。  松陰は言う。"志は決して誰からも奪われないものだ"と。人々が通常求めるお金や地位、名誉などは、自分でしっかりと持っているつもりでも いつか奪われてゆくものである。それは、これらのものが自分の外にあるものだからである。しかし、志は奪われない。自分の心の中にあるものは、自分自身がそれを手放すことを決断しない限り、いつまでもその人の心の中に宿り続けてゆくのである。  だから松陰は、真の志を胸に持つならば、人に求めたり、世の中に願ったりせずに、その自分の心の中の志だけを頼りにして、人生を歩んでゆけと言うのである。  騒々しい世情に、何とも心強い言葉である。              (土岐 功明)

« 2015年12月 | | 2016年2月 »